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研究成果

樹上二足歩行は人類の直立二足歩行の前適応

Fujiwara, T., Ito, K., Shitara, T., Nakano, Y. (2025). A three-dimensional kinematic analysis of bipedal walking in a white-handed gibbon (Hylobates lar) on a horizontal pole and flat surface. Primates

藤原崚宇 (博士後期課程)、設樂哲弥(助教)、および中野良彦(准教授)らは、テナガザルが地上と樹上とで、足場の条件に応じて、同じ二足歩行でも異なる運動を行っていることを明らかにしました。サル類での樹上での二足歩行の運動は、人類の地上での直立二足歩行を進化させる要因の一つと考えられています。本研究成果は、樹上に最も適応した類人猿であるテナガザルでの運動解析から、サル類に見られる樹上二足歩行の運動戦略が、地上に降りた人類における直立二足歩行へのスムーズな移行の礎になったことを示唆しました。

1. 背景
テナガザルは東南アジアに分布する類人猿で、熱帯雨林の樹冠部に生息しています。生涯にわたって、ほとんど地上には降りてこないと言われています。テナガザルは、腕渡り(ブラキエーション)に代表される樹枝にぶら下がって移動する運動が有名ですが、枝の上で二足歩行も行うことが知られています。テナガザルの樹上二足歩行については、脚や股関節の関節の角度やその変化速度、床反力や重心の移動、筋活動の変化などが多岐にわたる分析がなされてきました。しかし、それらの先行研究は、主に地上での二足歩行を分析されてきました。つまり、テナガザルが本来行っている枝の上での二足歩行については、前後方向での運動変化(横から見た運動分析)を解析したものはありますが、あまり研究されてきませんでした。しかし、足場となる樹枝の条件は、地上とは大きく異なります。足場の幅は狭く、かつ高い位置からの落下を防ぐために、より安定した運動をする必要があります。つまり、樹上での二足歩行は、前後のみならず左右を含めた三次元的な運動を適切に制御しなければならず、自ずと地上では見られない運動戦略があると期待されます。本研究は、テナガザルが樹上条件と地上条件で行う二足歩行の運動を三次元的に計測して、比較解析することで、テナガザルの樹上で行う二足歩行の特徴を明らかにしました。

2. 研究手法・成果
生物人類学研究室が飼育しているシロテテナガザル1個体(メス)を対象としました。樹上の条件は直径10cmの丸太を使用し、地上の条件は歩行路を使用しました。テナガザルが、樹上、地上の条件で、二足歩行をする様子を8台のビデオカメラで撮影しました。撮影した映像を用いて、身体全体に設定した特徴点の三次元座標を一コマずつ計測し、その移動データを取得しました。そのデータを用いて、1)身体の各部位の移動速度や、2)ストライド長(着地した足の爪先から再び同じ足の爪先が接地するまでの距離)、歩幅、歩隔といった脚の運び方、3)足の接地時間や反対側の足が足場から離れてから再び着地するまでの時間、4) 重心位置、5)膝などの関節角度、6)時間的左右対称性など、多岐にわたる値を計算し、両条件間で比較しました。

3. 結果と考察
重心の左右の動きが、条件間で大きく異なりました。地上では、重心は地面についている足の方から、接地したもう片方の足の上に徐々に移動していきます。しかし、樹上の条件では、もう片方の足が着地した時点で、既に重心はその接地した足の上に移っており、かつ、接地後にはもう反対側の足の方へと移動を始めることが分かりました。さらに、重心の左右への動きの幅は、樹上条件の方が、地上に比べて小さくなることも分かりました。このような重心運動の違いは、樹上を二足で移動する際に、側方へ転落する危険性を減らすために、生じたと考えられます。
また、樹上条件では、地上条件と比較して、膝がより内側へと移動するように、膝関節の角度を変えていることが分かりました。つまり、足場の狭い樹上では、接地する足の位置を身体の中心に近づけて重心の下にすることで、身体を左右方向に安定させて、樹上を安定して歩行できるようにしていると考えられます。
このような重心や膝の運動変化は、地上とは異なり、幅の狭い樹枝上を二足で安全に歩くためには必要不可欠と考えられます。シロテテナガザル以外のチンパンジーなどの他の霊長類でも、安定して樹枝上を二足で移動する際には、同様の運動変化を必要とされるでしょう。ヒトは、地上で二足歩行しています。私たちは、股関節などの形態進化があって、わざわざ運動を変化させることもなく、自然と膝関節は内側にあって、足は重心の下に近くなっており、効率的な二足歩行を行なっています。本研究は、そのような形態を持たないサル類では、運動変化によってそれらを達成していることを示し、かつ、そのような運動戦略は樹上で起こっていることを示しました。人類の祖先は、本研究で明らかなった樹上での運動戦略という霊長類的基盤をもとにして、地上での直立二足歩行をスムーズに獲得できたのではないかと考えられます。

Fujiwara, T., Ito, K., Shitara, T., Nakano, Y. (2025). A three-dimensional kinematic analysis of bipedal walking in a white-handed gibbon (Hylobates lar) on a horizontal pole and flat surface. Primates

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