
最近の研究成果
最近5年間の論文や著書等を紹介します。
樹上二足歩行は人類の直立二足歩行の前適応
藤原崚宇 (博士後期課程)、設樂哲弥(助教)、および中野良彦(准教授)らは、テナガザルが地上と樹上とで、足場の条件に応じて、同じ二足歩行でも異なる運動を行っていることを明らかにしました。サル類での樹上での二足歩行の運動は、人類の地上での直立二足歩行を進化させる要因の一つと考えられています。本研究成果は、樹上に最も適応した類人猿であるテナガザルでの運動解析から、サル類に見られる樹上二足歩行の運動戦略が、地上に降りた人類における直立二足歩行へのスムーズな移行の礎になったことを示唆しました。
Fujiwara, T., Ito, K., Shitara, T., Nakano, Y. (2025). A three-dimensional kinematic analysis of bipedal walking in a white-handed gibbon (Hylobates lar) on a horizontal pole and flat surface. Primates
マダガスカルのキツネザルは声帯を2つもっていた
西村剛教授(当時、京都大学准教授)は、中村冠太(当時、京都大学理学研究科大学院生)らと、マダガスカル固有種であるキツネザル類が、双子の声帯という、他の霊長類にはない独自の進化を遂げていたことを明らかにしました。キツネザル類は、マダガスカル島で独自の進化を遂げました。本研究では、そのキツネザル類でのみ、声帯の上に並行してもう一つの声帯のような構造があることを明らかにし、工学的実験によりその双子の声帯の振動特性や音響学的効果を示すことに成功しました。キツネザル類は、2つの声帯を同時に振動させることにより、大きく、低い音声を効率的に作ることができることがわかりました。そのような音声を作るための形態進化は、他のサル類にも見られますが、双子 の声帯はキツネザルのみです。長く他の地域から孤立し、独自の生物進化が織りなされてきたマダガスカルにおいて、キツネザル類はひじょうにユニークな形態進化を遂げたのでしょう。生物は、同じ効果を得るにも、多様な戦略をとって進化したことがわかります。
Nakamura K, Kanaya M, Matsushima D, Dunn JC, Hirabayashi H, Sato K, Tokuda IT, and Nishimura T*. (2024) Twin vocal folds as a novel evolutionary adaptation for vocal communications in lemurs. Sci. Rep. 14, 3631.
中殿筋の進化が人類を直立二足歩行へと導いた
設樂哲弥助教(当時、大阪大学人間科学研究科大学院生)は、ニホンザルの中殿筋が股関節の内旋に働くことを明らかにしました。中殿筋とは骨盤と大腿骨近位部を結ぶ筋肉で、ヒトでは骨盤の傾斜を防ぐことで、左右に安定した二足歩行を実現しています。二足歩行に適したヒトの中殿筋は、サル類が持つ身体的基盤をもとに進化したと考えられていますが、そのサル類の中殿筋が彼らの主要な運動様式である四足歩行にどのように寄与しているのかが未解明でした。本研究では、屍体標本から構築した筋骨格モデルに実験で計測した四足歩行データを入力することで、実運動時における中殿筋の働きをシミュレートすることに成功しました。その結果、ニホンザルの中殿筋は従来考えられていたような大腿を後方に引く動作ではなく、つま先を内側に向けるような動作に働くことがわかりました。本成果は、古典的な形態研究では解明できなかった動的な筋の働きを明らかにし、中殿筋の機能進化史の根本を問い直すきっかけとなりました。
Shitara, T., Goto, R., Ito, K., Hirasaki, E., & Nakano, Y. (2022). Hip medial rotator action of gluteus medius in Japanese macaque (Macaca fuscata) and implications to adaptive significance for quadrupedal walking in primates. Journal of Anatomy, 241(2), 407-419.